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あの日をおもう。今をおもう。

生きてることの方が、常々辛いと思っている。

残された人間の方が辛い。
いなくなった人への向けられない思い、いなくなった人の、無念の思う悲しみ。
そして、生きていかねばならない現実。苦悩。

たとえば、お葬式や周忌。この死に、現実に向き合う自分との対峙。


追悼は、残された人の気持ちの整理の時なのだと思う。

ふとあの震災を思うと。震災の死を思うと。心が抉り取られる思いがする。
当時者の皆さんの心はいかばかりか。

簡単に言葉にはできないのではないか。



風化ってなんだろう。風化はよくないって、当時者じゃない目線だと思う。
忘れるわけがない。忘れられるわけがない。そして、できれば忘れてしまいたい。



あれは夢だったのか。
そういえたら、どんなにシアワセか。




私はどうだろう。
実際に、この震災で人の死に直面していない。

死の哀しみというより、あのときの自分を取り巻く環境、状況のことが思い起こされる。
地震がおこった当初。もっと簡単に考えていた。

たまたまいた鎌倉で、帰れなくなって友達の家に寄せてもらって。夜がきて暗くなってくるとそのことの重大さが増してくる。
停電の暗さ。寒さ。大事な人となかなかとりずらかった連絡。

停電で津波のことはなんとなくしか入ってこなかった。
22時頃、ようやく着いたテレビでしった非常事態。あまりに想像を絶することで、ただただ愕然とし、
遅くまで、同じ映像が繰り返されるテレビをただただつけてるしかなかった。

それでも。そのさなかでも、冗談をいっていた。子供と遊んでいた。

辛くても、人は笑える。
絶望のなかでも人は笑える。


生きているということは、そういうことではないか。


いま。これを書きながら、洗濯をしている。
猫は窓をみている。いたずらしたのでさっき怒った。

電気ストーブをつけている。
お湯を沸かしてお茶を飲んだ。

今からお風呂に入ろうと思う。



恋人は、昨夜一緒に寝た。大事な人の心臓音とぬくもりは、とても心地よくあたたかい。
メイルか電話をしようか、電波はつながる。





当たり前のことが、ものすごくいとおしい。



14:46。

14:40。
鎌倉で、人と待ち合わせをしていた。少し遅れたので、ちょうど挨拶をしていた瞬間だった。
ゆれるさなか、東京の事務所に電話をした。その直後に電話は全くつながらなくなった。




当たり前のことに、ただただ感謝する。



色々あるけれど。
今はただ。そういう思いにだけ目を向けて、静かに迎えようと思う。







大家さんちの庭の梅がようやく綺麗に咲き始めた。雨は上がって、今は日差しがさしてきた。


生きていることは、辛い。
でも当たり前に、生きていられることに、感謝したい。
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