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かえってきてます。はい。

案の定。バタバタでほぼロスタイムなく稽古に行きました。
翌日は、昼から夜まで稽古。稽古振付稽古よ~~。
合間に行ったストレッチ。ガッチガチで泣きました。




九州の大酒のみだった祖父が死んだのは、暮れの12月29日でした。

文化村でバイトをしていて、バイト先に電話がかかってきて、訃報を知り、
年末の大混雑の中、グリーン車しか取れず、慌てて新幹線で帰った記憶がある。


思えば、あの葬式で、親戚から酒を薦められ(九州のおじさんたちは、飲み干すまでじっと待ち、さらに注いで行く体育会系な酒のみばかり)、ビールを飲めるようになったのだ。

ちょっとでもお酒が飲めるようになったら、大喜びだった祖父。

戦争で片足をなくしたものの、それはそれは九州の豪傑で、かげりを見せ始めた炭鉱町で、組合をまとめ、町議を務め、奮闘をしていた祖父。

初めてみたサブちゃんのリサイタルは、祖父の膝の上だった。固い義足の感じを今でも懐かしく覚えている。

お酒を飲んで、興がのっても、滅多にきけないじいちゃんの唄う「てるてる坊主」。

花札覚えたら、筋がいいと褒められた。


すごく男気のある人で、
ああ。なんというか、一緒にもっとお酒を酌み交わして色んな話を聞きたかった。



そんな思いをこめて、飛行機でビール飲もうとしたら、離陸前にこぼしました(アホ)



いや~。前後のスケジュールが、相当ハードになり、周囲には多大なる迷惑をかけてしまいましたが、無理して行ってよかったです。
今まで、遠い。忙しい。金がない。を理由に法事などは、一回も出たことがなかったのだけど、こういうの大事ですね。



お坊さんが、お見えになり、お経をあげていただくのですが、それは、じっと聞いて足の痺れるものではなく、

ともにお経をあげることが、天国のじいさんの供養になるらしく、お坊さんと一緒に、ばあちゃんが使っていたと思われる(名前入り)経本を片手にお経を読みました。


CIMG1118.jpg


読むと仏教の教えが字でとれるので、なかなかこれは、素晴らしく、そういう気持ちで、ばあちゃんも読めずとも、経本をもっていたのかしらと、じいちゃん、ばあちゃんの息吹が身近にあるような懐かしく嬉しい感覚でありました。

久しぶりに近くにいるようなそんな感じ。



CIMG1108.jpg

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じいさんは、文化勲章もらってます(自慢)



供養も滞りなく終わり、会食などしつつ、母方の祖母に会いに。
家の夫婦は、高校の同級生なので、実家が近いのである。


CIMG1129.jpg

親子三代




そんでもって、家に帰って食事。



CIMG1132.jpg
彰ちゃん(父上)のかなりおいしい写真。



なんつか非生産的ではありますが、こういう親戚家族行事というものは、改めて大事なものなのねと実感。


今年で上京18年。親元にいた歳月と親元を離れてからの歳月が同じになった今年。
ようやくそういう心境になりました。 非常に親不孝であったと反省。



会うって大事なのよ。やっぱ。
またじいちゃんが、ひとつ大人になるきっかけを与えてくれたようである。



CIMG1100.jpg




じいちゃん。ありがとう。
私、これからもお酒たくさん飲むよ。(それは違います)
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